昨日、このブログに久しぶりの投稿をしましたが、このブログへの投稿を積極的にしてゆくに当たって、「そわという名のいる」という表題について、少しだけ記しておこうとお思います。
「そわという名のいる」ていったいなになのだろう?と思われるかもしれません。「そわ」は「soi」、「いる」は「il 」で、「私という名の他者」とでも言えるでしょうか。
このブログを立ち上げたのは、今から17年前で、当時、レヴィナスに非常に近づき soi とか il y a とかの言葉の響きに惹かれて、表題に使ってみたのを覚えています。その当時、レヴィナスのil y a に非常に興味を持っていましたが、ここでの il にはそれほど難しい意味合いは持たせていません。
今はこの表題に、スピノザに見られる、身体と精神の関係や、人間の意識は身体反応に0,5秒遅れる、という脳科学の事実などへの興味から、私ー他者ー身体ー自然、の人間には解くことのできない関係性、というような意味あいがあればいいかな、という具合に考えています。



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