AIと共棲する(一緒に生き延びていく)ための手引き6項目

(今回のブログ記事は、現在受講中のWebライター育成講座Writing Hacksに提出する、添削用原稿として書いたものです。)

AIの勢いが止まりません。ネット上にも、日常生活にも、とりたてて意識することがないほどに浸透してきています。
あなたは、社会のあらゆるシーンにAIが進出してきている現状に、一抹の不安を抱いていませんか?
これから、AIとどのように向き合っていけばいいのでしょうか?
後戻りできない今、AIと一緒に生きのびていくための共棲を考えてみましょう。

共生ではなく、共棲
共生は、たとえば人間と動物が一つの環境の中で共存するイメージです。
それに対して共棲には、近いもの同士が影響し合いながら、より積極的な関係を築いていくイメージがあります。

ここ数年で、環境整備が進むにつれてAIの発達は著しく、いっぽう、脳科学における人間の思考に関する研究も前進してきてはいますが、どちらも、わからないことが多く残されています。
それだからこそ、今のうちからAIと人間との共棲を考えていこうと思うのです。

なぜ共棲なのかを、6つの項目で、順を追ってみていきます。

  1. 脳の進化は人間という身体を生んだ
  2. AIの基本は人間の脳細胞にある
  3. AI技術の歩みは、山あり谷あり
  4. AIは身体のない脳?
  5. AI分析の正しさと、人間の判断の正しさは同じではない
  6. AIと人間が生き延びるには、共棲しかない

AIはニューラルネットワークを基礎にして発展してきました。
人間の脳の中で学習をする大脳皮質は、膨大な数のニューロンという細胞で構成されています。化学的な興奮により脳内外の情報をつたえ処理するのです。
ニューラルネットワークは、ニューロンのはたらきを数学的に演算する学習システムです。

AIを知るためまず初めに、人間の脳の進化から見ていきましょう。

1.脳の進化は人間という身体を生んだ

人間は、他のいきものと同じく、外界からの刺激を脳で処理し、身体が反応することで生きのびてきました。
脳の進化は、認知のはたらきを高めるとともに、道具の使用、みぶりや歌による伝達、概念の形成、わたしとあなたの識別などを可能にしたのです。
あらたに獲得された行動様式は、脳機能のさらなる進化をうながし、ことばの使用、あらたな社会や生産活動を生み出していきました。
このように、脳の発達とあらたな身体能力の獲得は、たがいに影響し合いながらすすんできたのです。

個体における脳の発達にも、同じようなことが言えるようです。
幼児は生まれると、あなたとわたしを朧気に見分け、みぶりで伝え合い、ものを見分けるようになります。活性化された脳は、さらに、私と他者の違いがはっきりと分かるようになり、概念やことばを獲得していくのです。
ここでも、脳の発達とあらたな身体機能の獲得は、おたがいに影響しあいながら螺旋状にすすんでいきます。
脳は、からだの今、此処に同伴し、柔軟に変化しつづけているのです。

2.AIの基本は人間の脳細胞にある

生きている細胞はそれぞれ、環境からの刺激に反応するちからを持っています。
進化の過程の中で、興奮能力と伝達能力がとくに優れた細胞の特殊化が起こりました。それがニューロンです。

ニューロンは、多くの入力信号を、一つの出力信号に変える制御機能をもった細胞です。ニューロン軸索の末端には、他のニューロンとの化学的な連絡場所である、シナプスが見出されます。
刺激を伝える感覚ニューロンと処理を送り返す運動ニューロン以外、ほとんどのニューロンが、大脳皮質内でのおたがいの調整に使われているのです。
ニューロン同士は、シナプスを通じて、情報を伝えあっています。化学物質の変化により、活性化と伝導強度の微調整がされます。
並列的につながったニューロンは、つねに変化するつながりの強度にしたがって、入力された刺激のパターン認識をしていくのです。

このニューロン研究の成果が、AIの基本につながっていくのです。
1950〜60年代にかけて、脳内のニューロン結合を模した、数式による機械学習を行うニューラルネットワークが生まれます。
はじめは、脳内の働きをシュミレーションする脳科学分野で使われるようになりました。
そのうち、人工知能分野の研究にも使われるようになってきたのです。

3.AI技術の歩みは、山あり谷あり

AIの技術は、未来への期待が高まったブームの時期と、課題を乗り越える技術や環境の整わない停滞期とを繰り返し、現在に至っています。大まかに、4つの年代を追ってみていきましょう。

  1. AIの研究は、1960年代にコンピューターで推論や検索をするかたちで、特定の問題を解く研究として進みました。
    しかし、複雑な問題を解くことは、なかなかできず停滞していきます。
  2. 1980年代になると、コンピューターに知識を与え賢くする、エキスパートシステムという実用的なシステムが多く使われるようになります。
    このシステムも、知識を打ち込み管理することの大変さがわかってくると、次第に、下火になっていきました。
  3. 一方、インターネットが爆発的に普及し、ウエブ上の大量のデータを用いた機械学習が少しづつ広がっていきます。グーグルの検索エンジンができたのもこの頃です。
    2000年前後には、AI技術の飛躍的な進歩のための環境が整いつつありました。
  4. 2010年前後に、ニューラルネットワークをより進化させた、ディープラーニングが出現してきます。
    ディープラーニングでは、中間層を持った3層のニューラルネットワークに同じ入力と出力を与えます。システム自体が、大量のデータから本質的な特徴を抽出し、答えに近づけることが可能になりました。
    これを、何層にも重ねることで高次の概念を生成できるのです。
    その後、AIはディープラーニング技術の粘り強い研究により、発展し続けています。

現在に至るまで、ディープラーニング技術は、コンピューター及びインターネットの高速化、ウエブ上の大量の情報などの環境を背景に、あらゆる分野で、急速に使われるようになってきました。
また、それらの分野での成果を結びつけての研究も、進められています。

4.AIは身体のない脳?

ディープラーニングの手法により、AIが自力で概念を作り出す道が開かれました。
中間層を持ったモデルを多段に重ねることで、より適切な特徴表現を見つけ出すことができるようになったからです。
概念をつくり出すことにより、言葉を単なる記号の組み合わせとしてではなく、概念に見合った意味として表すことができるようになるでしょう。
人間の、意識や、思考、感情などが身体と脳の作用の後付け、随伴現象とすれば、それらをAIに情報として与え、AIが概念形成するに任せることも可能です。
AIが、わたしとあなたや他者の概念を持つことも可能だし、意識として持つことすら可能な気がします。

人間も、成長過程で概念を見つけ出し、ことばを使いながら思考能力を獲得していきます。
それには、おたがいの身体表現を介した、共感、共同作業が先行することを、忘れてはならないでしょう。
人間にはあってAIにないのは、この生命としての身体だからです。
人間の思考とAIの思考が、概念の形成という点で限りなく近づいたとしても、どうしても埋めることができないズレが、身体の有無から起こります。

人間の脳は、身体内外からの刺激に対してニューロンを動的に再組織しながら、対応すべき解決策を見つけ出して返します。
記憶も、使う頻度の多いニューロンは結合を強めあって生きのび、頻度の少ないニューロンは消えていくことで、脳内の作用効率を保ちながら可塑的に更新されます。

このように、人間の脳は、可塑性と柔軟性を持った生命体です。
人間の脳内地図は、時々刻々変動しています。
脳は、生ける身体。
わたしは、意識や思考にとってではなく、身体にとって固有なのです。

5.AI分析の正しさと、人間の判断の正しさは同じではない

人間の脳との比較では、AIが解決していかなければならない課題は、多く残されています。身体問題、本能、行動と時間、社会性など、他にもあると思います。
しかし、情報処理の量、速さ、正確さにおいて、AIの能力の高さを活かせる分野では、人間をはるかに凌ぐでしょう。
現に、画像や音声認識、検索、医療機関の診断、研究機関での情報収集と解析などが進められています。マーケティングや投資の分野でも、利用が進んでいます。

今後、あらたに学習した成果を、幾重にも加え持ったAIを作ることで、その能力は、格段に増大していくでしょう。
各分野での、分析の正確さはより高度になっていくはずです。

しかし、注意すべきなのは、情報や知識を分析することでたどり着いた正しさは、判断の正しさと同じではない、ということです
人間は、すべての生物がそうであるように、生き延びていくために、外界からの刺激を神経中枢で判断し、身体を反応させてきたのです。それは、情報や知識の分析と同じではありません。
もっと身体の今、此処、に臨場した、柔軟で可塑性のある動的な働きです。

さらに、人間は、脳組織が発達するにつれ、言葉を使って考えることができるようになりました。そのことにより、わたしやあなたを知り、人間の限界と弱さも知るようになります。
生き延びていくための判断に、どの人間にも逃れることのできない限界と弱さへの問いが加わるのです。
もし、そうすることをしてこなかったなら、人間は、まさしくその弱さと限界のゆえに、とっくに滅んでいたでしょう。

6.AIと人間が生き延びるには、共棲しかない

AIの情報や、知識分析の正しさに危惧を感じるのは、この、判断の正しさとのズレです。
便利さゆえに、AIに依存しきるのは危険でしょう。
個別の限定された分野で、情報や知識がより正確に分析されていくのは、それほど問題なく歓迎されることでしょう。

問題は、わたしやあなた、他者や社会の具体的な今、此処、に関わることに対して、AIの分析の正しさは人間にとって危険な場合もありうる、ということにあります。
先にも述べたように、AIの分析の正しさは、自らの限界と弱さを考慮に入れた人間の判断の正しさと、同じではないからです。

この問題を解決する方策として、AIと人間の共棲を考えます。
今のところ、AIは人間がこれまでに創ってきた諸々の情報を集め分析し、人間はその分析結果を活用することで、お互いが利用し合っています。
これからは、もう少し、お互いの懐の中に入っていける、場やシステムを作っていけないかと思うのです。

お互いが交換を繰り返すうちに、AIのなかにも、人間の身体性や限界と弱さを取り込んだ、新たな概念が生まれるかもしれません。
これを日常的なものにしていけたなら、AIが意識をもち、人間との間に、わたしとあなたの関係を作っていくことも、不可能ではないでしょう。
その可能性に賭けようと思います。
わからないことが多く残されたままですが、今できる下地作りを始めるときなのです。

参考にした文献

  • やまだ ようこ著 「ことばの前のことば」 1987年
  • トール・ノーレットランダーシュ著 「ユーザーイリュージョン」 1991年
  • M・スピッツァー著 「回路網の中の精神」 1996年
  • マイケル・トマセロ著 「心とことばの起源を探る」 1999年
  • ジェラルド・M・エーデルマン著 「脳は空より広いか」 2004年
  • 兼本 浩祐著 「心はどこまで脳なのだろうか」 2011年
  • 松尾 豊著 「人工知能は人間を超えるか」 2015年                                                                                                                                                                                                                                

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