私が創作を初めた二十歳代からずっと変わらず拠り所としている作家がいる。
「水の青が、岩場の多い山に植えられた木の暗い緑の中で、そこだけ生きて動いている証のように秋幸には思えた。明るく青い水が自分の開いた二つの目から血管に流れ込み、自分の体が明るく青く染まっていく気がした。そんな感じはよくあった。土方仕事をしている時はしょっちゅうだった。・・・・略・・・・秋幸はその現場に染まっている。時々、ふっとそんな自分が土を相手に自瀆をしていた気がした。いまもそうだった。」
「・・・・蝉の声が幾つにも重なり、それが耳の間から秋幸の体の中に入り込む。呼吸の音が蝉の波打つ声に重なる。・・・・略・・・・秋幸はいま一本の草となんら変らない。風景に染まり、蝉の声、草の葉ずれの音楽を、丁度なかが空洞になった草の茎のような体の中に入れた秋幸を秋幸自身が見れないだけだった。」
「海は、秋幸をつつんだ。秋幸は沖に向かった。波が来て、秋幸はその波を口をあけて飲んだ。海の塩が喉から胃の中に入り、自分が塩と跳ねる光の海そのものに溶ける気がした。空からおちてくる日は透明だった。浄めたかった。自分がすべての種子とは関係なく、また自分も種子をつくりたくない。なにもかもと切れて、いまここに海のように在りたい。透明な日のように在りたかった。それは土方をしている時と一緒だった。沖に向かいながら、泳ぐ自分の呼吸の音をきき、そのままそうやって泳ぎつづけていると、自分が呼吸にすぎなくなり、そのうち呼吸ですらも海に溶けるはずだった。」
引用が長くなったが、全て中上健次の「枯木灘」からのものだ。
「枯木灘」では、この描写が何箇所かで繰り返される。中上の諸著作に交錯する魅力の中で私はとりわけこの描写の持つ世界に惹かれ立ち帰ってくる。
私にとって自然とはここで描かれているようなもの、私の肉体とのみ関わるものの謂にすぎない。少なくとも、創作の場において主題になるのは私の肉体であり、自然はその延長の一部にしか過ぎない。
延長する外界には、アスファルトジャングルも、レールも、地下の雑踏も、アパートの錆びた階段も、疾駆する車もある。
私の作品の造形、色彩、アクセント、リズム、線描・・・・それらはここから生まれてくるのだと思っている。
私の創作の場において、いわゆる自然というものが特権的な位置を占めることはない。むしろ私の肉体というものが特異点となる。それは、人間という肉体でもある。というか、人間だけが自らの肉体をあぶり出す。自らの肉体を他者として捉え返すことができる。それは、悲惨なのか使命なのか、私は知らない。
ここで断っておけば、この私という肉体の他に、私の精神というようなものがあるという考えを私は持たない。私の肉体は、私という他者なのだ。
創作とは、この肉体という他者の深みへの跳躍なのだ。